死について考える

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メメント・モリ
「メメント・モリ(羅: memento mori)は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬ事を忘れるな」という意味の警句。「 死を記憶せよ」などと訳され、芸術作品のモティーフとして広く使われる。」ウィキペディアより抜粋
どう捉えるかは個人差あるがいつか来る「死」を受け入れ「生」ある今はいつか来る「死」が来た時悔やまぬよう今を謳歌せよ。
と私は捉える
「一期一会」に通ずるモノがあると思う。
「死」を思う時何が頭に浮かぶだろうか?
私は「今までの人生」を思う
8割は悔やんだ事、嫌な思い出、
2割くらいは良かった事も思い出すだろうか?
今、人生を振り返った時に圧倒的に前者が多いと思う
あの時にあーしていれば、こうしていれば・・・と
恐らくは遠くない「死」を悟った時も同じ心境だろうか
出来ることならやはり「良い人生だった」と思いたいものである。
この「今、人生を振り返った時」と「死を悟った時」の差を埋めるのはなんだろうか?
これは今、明確な答えは出ないだろう
今、出来ることは象徴的にはなるが
「悔いのないように精一杯生きる」
ことだろうか?
しかし、私のように「精神疾患」を抱えた人間と健常者とでは「死」に対する距離、重み、捉え方は違うものだろう。
「死を望む者」「生に執着する者」どちらであっても誰しも死とは隣合わせだったりするものだと思う
自殺するのも交通事故死するのも同じ死には変わりないのだ。
ただし、精神疾患を抱えた人間の自死が増加してる昨今、確率的には精神疾患を抱えた人間の方が「死」との距離は近いと言えると思う。
では「死を望む者」の悔いのない精一杯の生き方とはなんだろうか?
そう言った意味では「死を望む者」とは「メメント・モリ」を悟った人間と言えるのかも知れない。
果たして自分がもし「今」「死を悟った」とき
何を思うだろうか?

夢占いしましょう♪

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