第十三章 精神科滞在記① 自分ってこんなヤツ

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間もなく入院して一年になります。ってことで入院生活などをだらだら書いて行きたいなと思います。
予定は一応今日から退院するまで気が向いたら書いていく予定です。。
初日の今日は自己紹介なぞしたいと思います。
私は平成25年9月5日に都内某精神科解放病棟に入院しました。
病名は「鬱病」 です。仕事、家庭内、プライベートでここ10年ほどの間に色々あり募り積もってしに異常をきたした感じです。
この10年身内が父、兄と立て続けに亡くなり恋人には裏切られ病んでいたんだと思います。
よくある話ですが父は商売に失敗し借金を残して亡くなりました。兄は私と同じく精神を病んで亡くなりました。孤独死でした。発見された時には死後3~4たっていました。
父も兄も私も精神が貧弱だったんだと思います。
私は父、兄が亡くなった後も仕事だけは頑張ってきたつもりです
。早く出世して母を楽にしてあげないとと頑張っていました。
しかし会社はなかなか認めてくれず私の仕事に対するモチベーションは下がっていきました。
私には8歳年下の恋人が居ました。出会った当時私は26歳、彼女は19歳の予備校生でした。
はたから見てもお似合いなカップルと言われて良い時期でした。共通の友達と出かけたり遊んだり…幸せでした。
しかし、幸せな時間は長くは続きませんでした。
いつからだったんでしょう?彼女の気持ちが陰り始めたのは?
思えば父が亡くなって前の会社を退職して新しい会社に就職したあたりだったかも知れません。
あるバレンタインの日1通のメールが届きました。
メールの内容は
「他に好きな人が出来たからもう一緒には居られない」
そんな内容だったと思います。
私の性格は「去るものは追わず」です。本当は追いたいけど若さゆえのプライドが許さなかったのかも知れません。
私は泣きそうになりながらメールを返しました。
「楽しい一年半だった、どうもありがとう」
そんな内容でした。
とても寂しかったです、悔しかったです。
独りになった私はしばらくはそれはもう気丈に振る舞ってました。
「そのうち良いことあるさ」と
思えばこの頃の自分は強かったなと思います。
しかし…なかなか良いことなんてあるはずもなく私はだんだん独りに疲れていきました。
この頃から鬱っ気が出てきたのかな?と思います。
こんな私に言い寄ってくれた女性もいましたがなぜか私の心はその気になりませんでした。
やはり8歳年下のの彼女が忘れられなかったんだと思います
。そんなモヤモヤを抱えながら日々は過ぎていきました。
それから一年半たった頃、私は孤独に疲れ人を疑いの目で見て、心を閉ざし友達と思っていた人たちとの付き合い方もわからなくなり距離を置いて過ごしてました。
そんなある日母から一本の電話。
「お兄ちゃんが死んでるみたい」
まだ残暑が残る9月、兄は孤独に死んでいきました。
葬式などを済ませ数日たった頃、電話が鳴りました。
相手は8歳年下の彼女でした。
私はどうしたものかとためらいました。
今、思えばこれが更なる孤独への 道のりの始まり
でした。
結論から言うとここから一年、彼女とは恋人同然の付き合いをします。
まるで同棲のような暮らし、正式に付き合っていたときもほぼ同棲でしたが、私も色々あり、心も弱っていたときでしたからどんどん彼女に依存していきました。
彼女には新しい彼氏が居ました。
そう、好きな人が出来たと彼女が言ってた彼でした。
私は別れてちゃんとやり直したい一心でした。彼女は迷ってました。
しかし私には罪悪感がありそのクリスマスの日に彼のところに戻りなさいとメールしました。
…しかし返事はこず私は嫌な予感に苛まれました。
まさか自殺…?そんな考えが頭をよぎりました。
私は仕事がどうしても多忙だったため(言い訳だがこの頃仕事場も当時の責任者が逃走して私が入社して2年にも関わらず責任者をやっていた)すぐに共通の友達に連絡して様子を見てもらいに行ってもらいました。
結果を言うと彼女はバイトでメールを返せないだけでした
。私は安堵で不覚にも泣いてました。
そんな私に電話越しに私のところに戻ると言ってくれました。
つまり今の彼と別れてやり直すとの事でした。
しかしそれから8ヶ月たっても彼女とはなんの進展もありませんでした。
変わらず同棲のような暮らし、旅行に行ったり、それはそれで幸せでしたがやはり私はハッキリしてほしかった。
そんな曖昧な幸せな日々も長くは続きませんでした。彼女は彼を選びました。
私は絶望しました。
そして更に心を閉ざしていきました。
なんの救いもないまま時は過ぎ私は管理職と言う立場になっていました
。友達と思っていた人はもうわずかでした。
私はなんの拠り所もモチベーションも失ったまま管理職になっていました。
幸せなんてもう諦めてました。
そんなある日…眠れない、なにもないのに落ち込みが続く、
激しい焦燥感に襲われました
。pcで検索してみると鬱病チェックと言うページにたどり着きました。
結果は医者にかかりなさいみたいな内容でした。
この頃はもともとひどい不眠に悩まされていてアルコールがないと眠れない状態でした。
そのため近くの精神科に通ってました。
そして、最近の症状を主治医に話すことにしました。
主治医から告げられた答えはやはり鬱の気があるとのことでした。
初めてレメロンと言う抗うつ薬が処方されました。
しかし、鬱を患って死んだ兄の事もあり薬は受け入れられませんでした。
兄のようになったら一人残された母はどうなる?と考えていました。しばらくは気力を振り絞って仕事に行ってましたがわずか1ヶ月で休職となりました。
ドクターストップです。
それから一年二ヶ月の自宅療養、職場復帰を目指してましたがかなわず…無理やり職場に行ってパニックに陥り救急車にと運ばれる言う経験もなしました。
そしてさ迷ったあげく入院となりました。
この頃にはもう友達と思っていた人はほぼいませんでした。
なんで、見舞いに訪れる人もいまだにいません。でも良いんです。納得してます。
自業自得もあるでしょう。
こう言った経緯で私は入院しています。
鬱発症→入院に至る経緯はわかっていただけたとおもいます。
明日は何を書こうか…「精神科病棟ってこんなとこ」みたいな事を書こうかな?1日のスケジュールとか決まりごととか気になる入院費とか書きます。







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コメント

  1. 主婦の方 より:

    こんにちわ、
    大変な人生を送って来ておられますね。
    大変そうで、読むのも辛いです。(;へ;)

    私もうつ病で、妹もうつ病なので、遺伝的なうつ病になりやすい家系なのかも知れないとは思います。または、性格が似ているせいかな?

    しかし私の場合、うつ病以外の理由では、仕事にトラブルもなく、友達は元々人づきあいが良くない性格なので、居なくなっても気にならず、運よく高収入な夫をゲットし・・・・ などなど、運はいい人生を送って来ました。

    つまり運が良くても悪くても、うつ病にはなりますので、そこを心配する必要は無いと思いますね。

    ところで、8歳年下の可愛い彼女がいたというのは、その後別れたとは言え、モテる男だって事は言えるんじゃないですか?(笑)

    うちの夫は大企業社員で高給取りなのに、彼女いない歴ウン十年、無論初婚です。
    うつ病で働かない、デブな女とゴールインしてしまったのですから、元気だけど運は悪い男ですよ。

    逆から見れば、私は運はいいんですけどね。

    お大事にどうぞ。

    • ひろ より:

      コメントありがとうございます(´ω`)
      うつ病、お互い面倒な病にかかってしまいましたね。
      自分も幸い裕福な奥さんに恵まれて良かったです。
      モテるかモテないかはわかりませんが(笑)
      お互い良い人生にしたいですね。